★ 山本五十六の有名な話
「半年や一年は暴れてご覧にいれます」――戦争の結末を見抜いていた男の警告
太平洋戦争開戦前、日本の政府中枢はアメリカとの戦争を避けられない情勢になりつつあり、海軍の意見を求めました。その際、連合艦隊司令長官であった山本五十六が述べたとされる有名な言葉があります。
「最初の半年や一年は暴れてご覧にいれます。しかし、その後の保証は致しかねます」
これは、アメリカの国力・生産力・兵器開発力を熟知していた五十六が、
「日本は長期戦になれば必ず不利になる」と明確に理解していた証拠です。
当時の海軍内部では航空戦力の重要性を訴える革新的な存在だった五十六ですが、どれほど戦術的に優れていても、国家の総力戦となればアメリカの圧倒的物量には勝てない。それを誰よりも冷静に読み切っていたのです。
実際、太平洋戦争は開戦直後こそ日本が快進撃を続けましたが、五十六が懸念した通り、アメリカ側が本格的に反撃を開始すると形勢は急転します。
つまりこの言葉は、
戦争の結末を最も正確に予見した男の“最後の警告” であり、今日でもリーダーシップ論や戦略論で引用され続けています。
山本五十六は“カードゲームの達人”だった!?――豪胆な将軍を支えた意外な集中力の秘密
「連合艦隊司令長官」「真珠湾攻撃を指揮した男」というイメージが強い山本五十六ですが、実は軍内部で“別の才能”でも知られていました。それが カードゲーム「ブリッジ」の達人 という一面です。
■ ブリッジとはどんなゲーム?
ブリッジは4人で行う本格的なカードゲームで、
・記憶力
・戦略性
・相手の心理を読む洞察力
が求められる、知的競技として世界中で親しまれています。
山本五十六は、アメリカ留学時代にこのゲームと出会い、その奥深さに魅了されたといわれています。
■ プロ級だったと言われる強さ
海軍士官の間では「五十六さんには勝てない」と噂されるほどで、その腕前は“プロ級”。
特に以下の力が群を抜いていたと伝わっています。
・【状況判断が異常に早い】
何枚使われ、誰がどんなカードを持っているかを瞬時に把握。
これはまさに戦場で必要とされる“情報戦”そのもの。
・【相手の癖を読む力】
五十六は、人の仕草や間(ま)、声のトーンから「このカードを出してくるな」と推測することができたと証言されています。ブリッジ仲間は彼をこう語りました。
「山本長官は、カードではなく“人”を読んでいた」
・【冷静さが揺るがない】
ゲーム中に表情がほとんど変わらず、相手が焦るほど静か。
この“無表情の心理戦”は、戦場での判断にも通じるものでした。
■ ブリッジは「人間観察の訓練」だった
五十六はただゲームを楽しんでいたわけではありません。
実は、ブリッジの時間は 「部下の性格や判断力を見抜く場」 としても利用していたのです。
若い士官の中には、五十六にこう言われた者もいました。
「お前は迷った時に、余計な一手を出す癖があるな」
これは戦場での判断にもつながる指摘であり、ゲームを通じて部下の“人となり”を把握していたのです。
■ 戦場の豪胆さを支えた静かな集中力
五十六のカードゲーム好きは、一見ただの趣味に見えるかもしれません。しかし、そこには
・静かに状況を読み切る力
・相手の心を見抜く洞察
・極限でも揺れない冷静さ
が培われていたのです。
これは、太平洋戦争初期の大胆な作戦立案や、航空戦力の重要性を見抜いた先見性とも深くつながっています。
■ “豪胆な提督”の裏にあったもう一つの戦場
人は戦場の五十六ばかりに注目しがちですが、彼が本当に戦っていたのは、ブリッジのテーブルの上だったのかもしれません。
カードゲームを通じて磨いた「読む力」「まとめる力」「人を動かす力」。
これこそが、彼を“日本海軍きっての戦略家”へと押し上げた秘密だったのです。
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山本五十六は“甘党”だった!?――厳格な提督が好んだ意外なスイーツとは
厳格な提督が好んだ意外なスイーツとは
「厳格」「冷静沈着」「鋼の意志」を持つ軍人――。
そんなイメージの強い山本五十六ですが、実はその裏に 意外すぎる“甘党”の素顔 がありました。
部下たちの証言や家族の回想によれば、五十六は日常的に甘味を楽しんでおり、忙しい司令部生活の中で甘いものが“心の休息”になっていたと言われます。
■ 好きだった甘味①「羊羹」
五十六が特に好んだのは 羊羹(ようかん)。
軍艦内でも保存しやすく、切ってすぐに食べられるため、戦時中でも補給される機会が多かった甘味です。
深夜の作戦会議や長い航海の最中、五十六が机の引き出しから静かに羊羹を取り出し、ほんのひと切れだけ口にしていたという話が残っています。
部下の一人はこう語りました。
「あの一切れで、長官がどれほど気持ちを落ち着かせていたか分かりません」
羊羹は、彼にとって短い休息の象徴だったのです。
■ 好きだった甘味②「カステラ」
洋菓子も嫌いではなく、特に 長崎名物・カステラ を好んでいたといわれます。
訪問先で土産に渡されると、とても嬉しそうに笑みを浮かべたというエピソードも残っています。
当時の海軍士官たちは甘いものを食べる習慣が少なかったため、「長官が甘味を好む」というのは周囲にとって意外だったようです。
■ 甘党になった理由① 若い頃の“ボクシング”習慣
実は、五十六が甘党になった理由には 若い頃の体育会系生活 が関係しているといわれています。
アメリカ留学時代、五十六はボクシングに熱中し、体を鍛えるために高カロリーの食事をとる必要がありました。
その時の“エネルギー補給習慣”が、後年も残った可能性が高いとされています。
■ 甘党になった理由② 戦時の“緊張をほぐす”ため
もうひとつの理由は、「緊張を和らげ、集中力を維持するため」。
連合艦隊司令長官という重責は、常に極度のプレッシャーが伴いました。
深夜まで続く作戦会議、敵の動向に一瞬たりとも気を抜けない毎日。
そんな中で甘味を口にすることは、わずかな時間でも心を整えるための“儀式”のような役割だったのです。
その姿は、まるで武将が戦前に茶を一服する「静の時間」にも似ています。
■ 部下との距離を縮める“甘味の力”
甘党であることは、部下とのコミュニケーションにも役立ちました。
若い士官が甘味を差し入れると、五十六は緊張した空気を解くように「ありがとう」と柔和な笑顔を見せたといいます。その自然体の優しさに、彼の人間味を感じた者も多かったとか。
厳格な提督に見えて、実は
“甘味で心をほぐす”やわらかい一面も持っていた山本五十六。
そのギャップが、彼の魅力をより深くしているのです。
山本五十六は“手紙の達人”だった!?――短い文に思いを込める名文家の素顔
山本五十六といえば、冷静沈着な海軍軍人、戦略家としての姿が強く語られます。しかし、その裏には “優れた文章家”としての一面 がありました。
彼が家族や部下へ送った手紙はどれも簡潔で美しく、深い思いがにじむ名文ばかりです。
五十六の手紙には、軍人らしい厳しさだけでなく、家族への愛情、部下への思いやり、人生観が静かに込められていました。
■ 五十六の名言は「家族への手紙」から生まれた
五十六が残した最も有名な言葉のひとつに、次の文があります。
「やってみせ、言って聞かせ、させてみせ褒めてやらねば人は動かじ」
この文は企業研修や教育現場でも広く使われていますが、その原点は「子どもをどう育てるか」を妻に伝えた家庭向けの手紙だったと言われています。
つまり、元々は“家庭教育のアドバイス”が発端。
そこから時代を超えて語り継がれる名言となったのです。
この一文からも分かるように、五十六の文章は 無駄がなく、核心を突き、温かさを持つ という特徴がありました。
■ 戦地から送られた「短いのに深い」手紙
五十六の手紙は、軍人として多忙を極める中でも決して雑になりませんでした。むしろ短い言葉で強い思いを伝えることに長けていました。
ある手紙には、戦況が緊迫する中、家族へこう書かれています。
「心配するな。
心配させぬよう努める。」
たった二行ですが、
・家族への気遣い
・強い責任感
・戦いに挑む覚悟
すべてが凝縮されています。
文章の長さではなく、言葉の“重み”で心を動かす――まさに五十六の文才が表れた一例です。
■ 部下を励ました“あえて簡潔な指示”
五十六は部下に対しても、簡潔で分かりやすい言葉を好みました。
長い説教や叱責を嫌い、「短い言葉で核心を伝えるべき」というのが彼の信念だったからです。
ある若い士官が失敗した時、五十六はこう述べています。
「次はうまくやれ。それでよい。」
叱るのではなく、前を向かせる言葉だけを残す。
その潔い励まし方に救われた部下は多かったといいます。
■ 一見“厳しい軍人”が見せた人間味
手紙に添えられた小さな気遣いからも、五十六の人柄が見えてきます。
・手書きの文字が丁寧
・季節の言葉を入れることが多い
・家族に心配をかけないよう感情を押し殺す
・部下には必ず労いの一文を加える
厳しい軍人でありながら、手紙では柔らかさと誠実さがにじみ出ていました。
■ “名文家・山本五十六”が愛された理由
五十六の文章がここまで人の心に残り続けるのは、
「短いのに深い」
「飾らずに核心を突く」
「相手を思いやって書く」
という“揺るがないスタイル”があったからです。
戦場の最前線にいながら家族を思い、部下を支え、言葉に誠実さを込め続けた男――。
それが山本五十六のもう一つの姿、“手紙の達人”という素顔なのです。
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山本五十六は“アメリカ文化マニア”だった!?――本場で学んだ合理主義が日本海軍を変えた
山本五十六は、太平洋戦争の指揮官として知られますが、実は海軍の中でも珍しいほどの “アメリカ通” でした。
アメリカでの留学と駐在経験を通して、彼は文化・価値観・軍事思想の全てに深く触れ、日本海軍に新しい風を持ち込んだ人物でした。
その徹底ぶりから、当時の海軍内部では「アメリカかぶれ」とからかわれるほど。
しかし五十六はその批判を気にせず、こう語ったとされています。
「良いものは良い。国に関係なく取り入れるべきだ」
ここに、彼の合理主義と柔軟な考え方が凝縮されています。
■ ハーバード大学で学んだ“ディベート文化”
山本五十六は1919年からアメリカに滞在し、ハーバード大学に留学します。
そこで最も衝撃を受けたのが、アメリカ人の“議論し、決める文化”でした。
日本の組織は「空気」で物事が決まりがちですが、アメリカでは
・立場に関係なく意見を述べる
・数字や根拠をもとに議論する
・結論まで納得するまで戦わせる
というスタイルが主流でした。
五十六はこの姿勢に強く影響を受け、帰国後は海軍内で「数字で物事を語れ」と繰り返し指導しています。
この合理主義が後に、
・航空機の重要性を重視する方針
・旧来の戦艦主義からの脱却
につながるのです。
■ アメリカの“物量戦の現実”を直接見ていた
五十六がアメリカとの戦争に反対した最大の理由は、アメリカの“国力の桁違いさ”を直接見ていたからです。
彼は工場や造船所、軍需産業を視察し、「この国と長期戦をすれば日本は必ず負ける」と確信します。
実際、山本五十六の有名な警告「半年や一年は暴れてご覧にいれます。その後は保証致しかねます」
は、この体験から生まれた言葉でした。
アメリカ文化を知っていたからこそ、彼は一番冷静に“日本の勝算の無さ”を理解していたのです。
■ スポーツ・音楽・娯楽までアメリカ流を楽しんだ
五十六の“アメリカ通”は軍事思想だけではありません。
● ボクシング
アメリカで本格的に習い、日本に持ち帰って海軍内に広めたと言われています。
● 野球
大リーグの試合観戦を楽しみ、帰国後も話題にするほどの熱心なファンだったとか。
● 映画・ジャズ
当時の最新文化を積極的に吸収し、日本海軍の若い士官にも「もっと世界を見ろ」と勧めていました。
五十六は「異文化を楽しむことは視野を広げる」と考えており、彼の柔軟な感性がここにも表れていました。
■ “アメリカ感覚”が海軍航空隊を強くした
山本五十六は 「航空機こそ次の時代を決める戦力だ」 と早くから読み、航空隊の整備に力を注ぎました。
この発想は、アメリカの航空産業の発展を間近で見ていた経験から生まれています。
当時はまだ“戦艦こそ最強”という価値観が主流でしたが、五十六は
・航空母艦の運用
・空母同士の戦いの可能性
・航空兵力の長期的強化
を誰よりも深く理解していました。
こうした合理的で未来を読む姿勢こそが、
日本海軍が世界屈指の航空戦力を持つきっかけとなった
と言っても過言ではありません。
■ “アメリカ文化マニア”の本質は「視野の広さ」
山本五十六がアメリカ文化を愛し、日本海軍に改革をもたらした理由――それは単なる外国趣味ではなく、「世界を知り、日本をより良くするための学び」だったのです。
偏見にとらわれず、良いものを良いと認める柔軟さ。
数字と現実から未来を読み取る冷静さ。
これこそが、五十六を“異色の軍人”から“歴史に残る名指揮官”へと押し上げた最大の理由でした。
まとめ
山本五十六という人物は、太平洋戦争を指揮した“連合艦隊司令長官”として語られることが多い存在です。しかし、今回紹介した4つのエピソード――
・カードゲームの達人としての鋭い洞察力
・厳格な軍人とは思えない甘党の一面
・短い手紙に思いを込める名文家としての素顔
・アメリカ文化を深く理解した柔軟な合理主義
これらは、歴史教科書では語られない “人としての五十六” を浮かび上がらせます。
カードゲームで磨いた冷静な判断力は、戦場の指揮にも通じる能力でした。
甘味を楽しむ姿は、過酷な毎日を支える小さな癒し。
短い手紙に込めた言葉は、家族や部下への深い愛情を示し、
アメリカ文化から学んだ合理主義は、日本海軍を改革へと導きました。
つまり、山本五十六は “戦うだけの軍人”ではありません。
文化人であり、思索家であり、家族を愛する父親でもありました。
その多面的な魅力こそが、
激動の時代にあっても人々から尊敬を集め続けた理由なのでしょう。
歴史を知るうえで、人物の“意外な一面”に触れることは、その人をより立体的に理解する第一歩です。
山本五十六という人物を、今回の4つの視点から見つめ直すことで、あなたの中の彼の像が少しでも豊かになれば幸いです。
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